首頁 / 恋愛 / 御神先生の秘蔵っ子 / 3話 8分間のドラマ

分享

3話 8分間のドラマ

作者: 蒼良 美月
last update publish date: 2026-05-13 18:36:23

──神が大きく溜息を吐いた後、御神様が私の顔を見て笑った。

 神が笑った姿を生で見れた!

 ヤバイ倒れそうです!

「天野。ピアノ科初等部に一人追加。譜読み中心に基礎を一から教えてやってくれ」

「え? バイオリン科でなくてですか? 御神先生?」

「そっちは俺がやる」

 審査委員席に座っていた天野を含め、そこにいた全員が驚きの表情を隠せなかった。

 世界中を飛び回っている超売れっ子指揮者が、一介の音楽学校の生徒を教える? しかもド素人を。

 確かに先程の演奏には驚かされたが、弓使いは無茶苦茶。姿勢も酷い。逆によくアレでパガニーニを再現出来たこと自体が不思議なぐらいだ。

 有り得ないだろ。そんなの。

 皆が半信半疑で聞いていた。

「え? 御神様が? どう言う意味?」

「あーーこれか申し込み書。お前これ記入しろ」

「え? え?? 合格ですか? 私??」

「1ヶ月以内に楽譜通り弾けるようにしろ。話しはそれからだ一ヶ月して無理なら即刻退学だ。その間の学費や寮費は俺が払う」

「え? 一ヶ月?」

「お前ここの保護者の欄、未記入だが親は?」

 御神様が私の応募用紙を見ながら、少し怪訝な顔をした。

 父は産まれた時から居なかった。母も三歳で亡くなり、それからは祖母と暮らしていたが、その祖母も昨年亡くなったので保護者と言える者はもう居なかった。

「両親は亡くなっていて、育ての親の祖母も昨年他界しました。それだと駄目でしょうか?」

「………」

 先程までのざわついた部屋が静かになった。

「え?」

 御神様が、自分の胸ポケットから万年筆を出され、おもむろに保護者の欄にサラサラと書き始めた。

 保護者名を消して、保証人と書き換え「御神 貴志」と何とご自身の名前を自ら書いたのだ。

「由紀、これで問題ないだろ? あとのことは任せる。必要な物は全て揃えてやってくれ」

「え? はぁ……仕方ないわね。桜井 花音さん? 学長の御神 由紀です。後で学長室にいらっしゃい。そこで入学手続きをしましょう」

「あ、宜しくお願いします?」

 酔狂もいいところだわ……

 また今までの子たちみたいに潰れてしまわなければいいのだけれど……

 由紀は、弟の顔を不安そうな目で見た。

「あの? ツィゴネルって??」

 さっき確か言ったような?

「あん? サラサーテのツィゴネルワイゼン知らないのか?」

「いえ。それは……分かりますが」

 いや、流石にそれぐらいは私でも知ってますよ。三年前の御神様のプラハの公演のCDの初版盤買いましたもの。

「あれ、お前何で聴いた?」

「プラハの初版盤並んで買いました!」

 あれ? 駄目でした?

 神がまた額に手を当てていらっしゃいます。

 あれ素晴らしい演奏でしたが? 毎日死ぬほど聴きましたよ。

 パガニーニと並ぶ私の宝物です!

 ──ガチャ

「失礼します。え? 何でここに?」

 白いスーツ姿の男に視線を移すが、相変わらず無表情だった。

「スコア」

「あ、ああ? ツィゴネルだろ?」

「高科、録音の用意しろ。由紀ピアノ」

「え?」

「は?」

 黒髪の長身の男性は、この事態に全く理解出来ず、学長の顔を見る。

 彼女が無言で頷き、ピアノに向かったので言われた通り録音の準備をはじめた。

 異様な空気が部屋を支配していた。

「よこせ」

 御神様が私に手を出す。

 え? もしかして生演奏??

 嘘でしょ?

 言われるがまま、お貸し頂いたバイオリンと弓を差し出す。

 うわ。改めて見るとやっぱりイケメンだわ。

 でも、私はそんなところに惚れ込んだのではない。

 旋律を奏でる綺麗な指先と、軽く押さえただけに見えるのに、深く響く艶のある低音。

 背中がゾクゾクするあの感覚。

 あれこそ、御神 貴志の真骨頂よ!

「スコア通りに弾け」

 御神様が、お姉様に楽譜を渡された。

 え? ここで生演奏?

 えええ? チケットすら取れない神ですよ?

 しかも御自身で弾くのって何年振り?

 プラハが最後だったような。

 泣きましたもの。二度と神の音がもう聴けないと思って。

 貴方のツイゴネルワイゼン死ぬほど聴きましたよ?

 それを目の前で?

 あ、気絶しそう……緊張しすぎて。

 タダで聴けるんですか?

「一度しか弾かない。よく覚えとけよ。後ろ立て」

 え? 真後ろで聴かせて貰えるんですか?

 ここで聴いて良いのですか? 神の演奏を?

 しかもツィゴネルワイゼンですよねえ?

 プラハの。毎日聴いたアレをここで聴いて良いのですか?

 私もう死んでも、悔いはありません! 御神様!

「違う。右後ろだ。ボーイングよく見とけ」

「いつでもいいぞ」

 ピアノの音により舞台の幕が開く。

 その後バイオリンに──

 ジプシーの調べが始まる。

 ──正確に8分でドラマの幕が下りた。

 それはまるで映画の世界の中にいるかのような感動?

 いや、そんな簡単な言葉では言い表せない感覚。

 止めどなく流れる涙に視界が歪む。

 何百回、いや何千も聴いたプラハ公演の、圧倒され響き渡る音の洪水ではなく、胸の奥がぎゅうっと掴まれるような、痛みと切なさと魅惑の世界。

 伴奏のピアノの音にギリギリ外れないところまで響き残る余韻に、重ねられて行く旋律。

 神ってずっと触れてはいけない神聖な領域。形がありそうで無い、掴んではいけない存在で、実態しない抽象的存在だと思っていた。

 でも今日私は、神をも従える圧倒的存在を目の当たりにした。

 ──神が降臨したのではない。

 彼が神を従え同化した。

 震えが止まらない。

「まさか、あの頃の演奏が今聴けるとはね」

 高科 和樹、御神 貴志の4年先輩で海外留学後、日本で活動しながら今は、彼の姉の由紀に頼まれ、学園でバイオリンを教えている。

 彼の頬にも涙が零れていた。

 身体全体に電流が流れたような、今でも震えた手を押さえるだけが精一杯だった。

 初めて体験した、圧倒的な存在に私は立っていることさえできなくなる。

「おい!」

 脚の力が抜けて床に座り込んでしまいそうになる瞬間、力強い手が出された。

蒼良 美月

◆◆おまけ◆ ・ツィゴネルワイゼン(サラサーテ)同タイトルの映画有り。 ハンガリーのジプシー音楽を題材にした超絶技巧曲。一度は聴いたことがある有名曲。 ・ボーイング:弓の「運弓法」 ・スコア:全パートを一つの譜表にまとめた楽譜。(総譜・フルスコア) ※ピアノだけ、バイオリンだけはここでは「楽譜」と表記統一します。

| 1
在 APP 繼續免費閱讀本書
掃碼下載 APP

最新章節

  • 御神先生の秘蔵っ子   37話 男のプライド

    ──追試になんとかギリギリ合格出来たことで、完全に気が抜けてしまってたわ…… 次は高科先生の授業だ~~楽しみ!「失礼します~~桜井入ります」「天野先生もいるう! って? どうされたんですか? 何かお疲れのようで?」 天野先生にも会えたことは嬉しかったのだが、何だか凄く疲れた様子で、何かあったんだろうか? 心配になり近寄った。「君の鬼に言って下さい。御神先生、頭おかしいわ。やっぱり」「ぇ?」「朝っぱらからハノン1時間のあとソナチネだよ? なんで今更基礎教本を」 天野先生もだったんですね。 うん。私は悪くない。関係ない。 そして私を睨まないでください……「天野先生も一緒に練習見てくれるんですか?」 久々に二人に練習見て貰えるなんて!「違います! 一緒に練習するんです! これから!」「ぇ?」 ──ガチャッ「ごめんごめん遅くなって前のが伸びて」「よろしくお願いします。高科先生」「何言ってるの? 一緒にこれから練習だけど?」「え? あの、つかのことを伺いますが私の実技の授業では?」「黙れ」「黙らっしゃい!」「……あの、それで」「あ?」「何?」 こ、怖い。私悪くないですよねえ?「これで私、追試になるとかはないですよねえ?」「アンタの実技教科担当は悪魔先生です!」 アンタって……天野先生。 しかも悪魔先生って酷すぎる……「で、どっちからやれって?」「ホルストでお願いします」「ジュピター?」「はい」「じゃぁ始めるよ」「はい、あ! 待って! 録音させて下さい!」「さ、桜井? もしかして?」「先生が送って来いって」「……最悪」「ピアノ無しの送って下さい」「いつでもどうぞ」 桜井? こいつ腕あげた? こんなにパッセージ的確に揃えれたか? おいおい高科先生。桜井に音持って行かれてるじゃん。基礎サボってたな。 高科先生とこうしてバイオリンを一緒に弾ける日が来るだなんて。思っても見なかった! 楽しいぃいいいいい! 何これ、こんなに楽しいなんて。 ここは確かもっと豊かに先生が奏でていたような。 そして次は、そうそう高音部を伸び伸びと。 静かな眠りから壮大な宇宙へ。「ありがとうございました!」 楽しかったぁああ。もっとやりたい!! あれ? 高科先生? 無言で高科先生が部屋を出て行った。 今日は

  • 御神先生の秘蔵っ子   36話 悪魔っ子

     東の空が紺紫から段々と薄紅色に染まっていき、辺り一帯の空気がツンと頬を突き刺すような寒さの中、鳥たちの動きも何だか遅く感じた。 季節の流れは早いもので、一年で一番忙しいとされる師走を迎えていた。 そんな中、一際賑やかな集団が一つあった。 朝のランニングに行こうと思って寮を出たら、門の外が騒がしかったのでよく見てみたら、見慣れた顔がチラホラと。「何ですか? 高科先生まで。それに白井さんや、皆さんまで?」「君の鬼に聞いてくれよ。さっさと行くよ。俺この後、授業あるんだから」 高科先生が私を睨む。そして幾分皆さんも、何となく私に言いたげな雰囲気である。「ぇ? 何かしました?」 昨夜、奴から届いたメール内容。『オケメン全員、花音と同じメニューこなすこと。天野以外教師含む。1年通せる自信ある奴のみ免除。日本公演分全曲を、全員3月中に入れること。帰国日決まったら連絡する』『追伸─花音に食われるなよ』「あの野郎…⋯」「ぇ??」 「もしかして、皆さん同じメニューをこれから毎日?」「これ朝、何分?」 高科先生が私の顔を睨みながら言う。 いや、私のせいじゃないですからね? 先生の指示ですよねえ? 私、悪くないですからね?「45分か5キロです」「……あのクソが」 高科せんせ?「行くぞ」 ◇「ぜぇ。はぁ。ぜぇ」「ゲホェッ。ゴホッ」「ハァハァハァッ、ハァ」「あ、あし、足ツタ、つったあ」 えっと……皆さん大丈夫ですか?「高科先生? お水持って来ます?」「お、お前平気なのか?」「あ、帰ってきて直ぐは流石に三日ぐらいはしんどかったですよ? あ、夕方は何時集合にします? 夕方軽いですよ? 30分か4キロでいいから」「………」「あ! 早く行かないと朝ご飯の時間! いっぱいになっちゃう! 8時にパッセージ1時間一緒にしましょうね? では皆さんお先に~~」 45分全力で走った直ぐ後、元気に走り去って行った少女の背が、既に小さくなっている姿に高科は驚愕した。「……悪魔の子は悪魔に育つのか?」 膝がプルプルし、未だ息が上がっている自分の姿に、学園一厳しく、そしてイケメンと言われた男は、敗北感が否めなかった。 ◇『誰にも見せるなよ。ホルストのレッスン送ってこい毎日。指示出すから。ものまねじゃなく、お前の音を待っている』 昨夜届いた宝物を

  • 御神先生の秘蔵っ子   35話 君が笑うから(激情)

     ──目移りしそうなぐらい、お洒落な服が視界を占領していた。まるで私は、何処かのお姫様になったような気分になる。 そんな私に先生は笑いながらも、ほんの少しだけ時折呆れた顔を見せる。「どっちが良いですか?」「欲しいなら両方買えばいいだろ」「えぇえ〜〜勿体ないですし」「良いよ身体で払ってくれたら」「ぇ?」「阿呆そっちじゃない。ちゃんと4月までに間に合わせろよ?」「……ですよね」「あ、板に乗せられない状態と判断した場合は即刻切るから、覚えておくように」「ぇ?」 え?? 聞いていませんが? オーデション受かってもクビになるってことですか?「こっちも慈善事業じゃないんで」「う、嘘ですよねぇ?」「俺、今まで嘘ついたことないが?」「ぇ? まさかとは思いますが、もし駄目だったら先生ともお別れ?」「そういうことになるな。ハハハッ頑張りたまえ」 うそおおおぉおお! そんなあああ!! やっぱり悪魔だ…… 音楽に関して先生は一切絶対妥協しない。 一見、冗談で言っているように見えるが、先生が「音楽」で情けを掛けることは絶対にないことは分かっていた。 ◇ み、御、神  た、貴志に荷物持ちをさせている私って…… 結局あれから他にも何着か買って頂き、その荷物を全て持ってくれる神。「せ、せんせい。これ見たい……」 沢山の化粧品が並んでいる店が飛び込んで来て、思わず言葉にしていた。「如何ですか? 良ければ試してみられますか?」 ぇ? 先生の顔を見る。 何も言わないけれど、その顔は肯定と取って良いと。 最近は何となくわかるようになった。 先生は「駄目」な時だけは言葉でちゃんと「駄目」と拒否するが、それ以外は本意ではなくても結局は許してくれる。 はじめて見る大人の世界に入り込んだような感覚。 キラキラ輝く鏡の中に映る自分の姿が、魔法の粉が降り注ぐことによって、全く違う私が出来上がる。「如何ですか?」 魔法を掛けてくれたお姉さんがにっこり微笑む。「あ、有り難う御座います……」 パウダールームを後にして、サロンで待っていた先生のもとにゆっくり歩み寄る。「先生? どうですか?」 頭の先からゆっくり視線が下りて行く。「如何ですか? 少し大人な感じに仕上げてみました」 店員さんが先生に微笑むのを見て、私は少しだけ恥ずかしくなる。

  • 御神先生の秘蔵っ子   34話 君が笑うから(思慕)

    ──これ制服で行かないほうがいいわよねえ? 寮に急いで戻った私は、数少ない外出着の中から一番マシなのを手に取り、着替える。 うん。冬服買おう。 ヤバッ! 時間! 急いで靴に履き替え、指定場所に向かう。 こんな昼間に、しかも今日は平日。 皆はまだ授業を受けているのに。 オーデションを受ける人は、今日は公休日となっていた。 午後からオリエンテーションがある予定が…… 先生の説明が3分で終わってしまったからだ。 高科先生がちょっと気の毒にも…… 先生、早っ!「お邪魔します?」「おめでとう」 助手席に座った途端。 え? ちょ、せ、せん、せい。 それは、いきなりの出来事だった。 こ、こんなところで…… もし誰かに見られたら。 ん─ 塞がれた唇に割って入るように奥まで先生が激しくなる。 頭の中が真っ白になりかけた時、優しく耳元で囁いた。「もう逃げるなよ」「……はい」 いきなりに驚いた私は俯きながら小さな声で答えた。 何も無かったような顔をして、顔色一つ変えずにサングラスを手にし、綺麗な長い指で髪を掻上げながら瞳を覆い掛ける姿は、ズルいぐらい格好良く見えた。「好き?」「……それ今更いるか?」「言って欲しいもん」「今度ベッドの中でな?」「ぇ?」「籍入れるまで待てってか?」「⋯⋯」「待ってやるよ、なら」「ぇ?」 それって⋯⋯ 今、籍いれるって言った? え? え? 本当に? え? その後のって…… 驚き過ぎて、良く聞き取れなかったけれど…… それって……「まあ、取り敢えずは卒業しなさい。今は襲わないって誓います。だから安心しろ」「襲うって……」「だから、しないって」「いや、そうじゃなくてですねぇ……」「何だよ? ちゃんと待つって言ったろ」「いや、そうじゃなくて。待たなくても良いといいますか……何と申し上げたら良いのでしょうか……」「ハハハハッ。阿呆かお前。自分から安売りする女が何処にいるんだよ。卒業するまでは抱きません」「……ごめんなさい。じゃあ卒業したら良いんですか?」 先生の顔を見る。 笑っていた先生の顔が少しだけ真面目な顔に変わる。「そこは重視してないから。焦る必要ないよ。まぁ俺が我慢出来なくなれば、分からんけどな?」 先生が? 我慢出来なくなることなんてあるの?「

  • 御神先生の秘蔵っ子   33話 最後の審判

    ほんの少し前まで野山の木々が燃えるように赤く染まっていたのに、段々とそれも燻みはじめ、朝靄の山頂には雲海の絨毯に、日輪の光が金色の帯となり神々しく荘厳な時を迎えていた。「神が帰って来る!!」 まさに神降臨に相応しい光景だった。 あれから三日。やれることはやった。 今日で私の運命が決まる。 もし落ちたら…… 永遠の別れに? いやぁあああぁああぁ゙あ゙ああ! そんなの絶対いやあああああ! 悔いのない演奏をしてそれでも駄目なら仕方がない。 私は金のピアスをする。 一度は捨てようとした、大事なお守り。 もう二度とそんなことはしない。 校内では付けないようにしていたが、どうしても今日はこのお守りに願いたかったからだ。 思えばここまで色々あった。 なんの取り柄もない私が、今やこうして世界の御神 貴志の前で、そして彼のバイオリンで彼の十八番を披露する。 それだけでも、以前の私の生活からは考えられないことだった。 ましてや先生と一緒にオケに参加出来るかもしれない千載一遇の機会。 迷ったり、逃げたり、悩んだりとかとんでもないわ! 元々何も無かったんだもの。 失うものなんて。 沢山貰ったから怖くなっただけ。その幸せを手放すのが。 先生が言った「最高だった」あの言葉を信じよう。 私のカプリースで挑む。 ◇ 試験会場へ向かう。 思ったより多いわねぇ。アカデミーの研究生ばかりかと思ったら。同じバイオリン科の子の姿をチラホラ見かけた。 受付に行き番号札を貰う。「52番」 50人以上受けるってことかしら? 先生中にいるのかなあ? うはっ、G線10人一度に弾くの? ゾロゾロと会場に入って行く列をぼんやり眺めていると、恭子さんと目があった。「こんにちは」「ビオラも同じ時間なんですねえ?」「そうみたいねぇ? 何番?」「52です」「と言うことは52人受けるってことかしらね?」 あ、最後か私…… なんか寂しい。「次のグループ30~40番まで」 家路も10人か……「じゃぁお先に。お互い頑張りましょうね」「あ、はい」 今頃になって緊張してきた…… ヤバイ…… 力が入り強張る手を握りながら、出来るだけ無の世界へ集中する。 先生……「52番中へ」「52番さん? いないの?」「52番の人中へ」 ハッ!「す、すい

  • 御神先生の秘蔵っ子   32話 鬼の復活

     久しぶりに帰って来た自分の部屋を見渡す。 何も変わっていない。 でも一つだけ以前と明らかに変わったことがある。 今も残る先生の吐息と、仄かに香るタバコの匂いとムスクの薫りが入り混じった大人の香り。 頬が熱くなるのを感じ、洗面所に向かう。 う、嘘…… 首筋に残る先生が残した印。 恥ずかしさより嬉しさが勝っていた。 テーブルに置いた封筒を眺める。 勉強しなきゃ……「む、無理だ……わかんなあああい! 数学無理! 英語むりいい!!」 最悪だ…… ◇「嘘……あのまま寝てしまった。最悪!」 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。 久しぶりにジャージに急いで着替えた。 今まで何ヶ月もサボっていたカリキュラムをまた一から頑張らないと……「ぜぇ。はぁ、ぜぇハァ。し、死ねる……よく私これやってたわね……」 膝がプルプル震える感覚。 懐かしいようなこの感覚に、自然と私は笑っていた。 もう逃げない。 絶対に。 ◇「お、おはよぅござぃますぅ?」 職員室に向かい、高科先生か天野先生を探す。「高科先生ならご自分の部屋にいらしたわよ?」「有難う御座います!」 確か、声楽科の先生よねえ? 何で私のことが分かったんだろう? まぁいっか。「おはよぅございます?」 ──ガラガラ「おかえり」 高科先生!「ごめんなさい! 先生!」 思わず走って先生に飛びつこうとした瞬間、声がした。「ごめんなさいじゃないわ! どれだけ心配したと思ってるんだよ!」「天野……無事帰って来たんだから、もう良いじゃないか。ちゃんと反省してるんだろ? 桜井も?」「いえ、天野先生の言う通りです。本当にすいませんでした」 二人に私は深々と頭を下げた。 こんなにも私のことを心配してくれた人がいたと言うのに…… 本当に自分は酷いことをしたんだと、改めて実感した。「あの……本当に厚かましい話しなんですが……天野先生って数学得意だったりします?」「は?」「……やっぱり無理ですよねぇ」 やっぱり音楽の先生だしなぁ。「誰が無理って言った?」「え?」「桜井知らなかったのか? 天野は元々国立医学部だよ」「ぇえええええええええ?」「お前驚き過ぎだろう……」「何でそんな御方が音楽に? ジュリアノですよねえ?」「ずっと本当は音大に行きたかったのに、親の言うことを聞

  • 御神先生の秘蔵っ子   29話 熱情

     今日も朝からおもちゃ箱の声や、キラキラ光るビー玉のような瞳達に私は囲まれて、その元気をもらっていた。「花音ちゃん。もう一回弾いてよ~」「花音ちゃん。キラキラ星弾いて~」「それさっきアンタ言ったでしょ」「ケンカしないでね? みんなで一緒に歌いましょう?」「キラキラひぃかぁる~」 子供達やご老人達の前でバイオリンを弾く機会に恵まれたことで、私は毎日を楽しく過ごせていた。 あの日、偶然見つけた喫茶店が運命の出会いだった。 着の身着のまま飛び出してしまった私は、お腹が空き良い匂いがする喫茶店に吸い込まれるように入っていた。 一日だけのつもりが、既にもう何日もご夫婦の好意に甘えてし

  • 御神先生の秘蔵っ子   25話 夢の国(2)

    電話が終了した感じだった為、少しづつ様子を伺いながら近づいて行く。 ゆっくり、そぅっと音を立てないように気をつけながら。 先生? やはり怒ってる? 大丈夫かしら?「先生?」 一応ドアの外から声を掛けてみた。「早いな? 乗れ」「おはよう御座います。何かあったんですか? トラブルとか?」 先生の仕事のことに関しては、普段は私からは聞かないようにはしているつもりだが、先程の先生の怖い顔が気になってつい聞いてしまった。「いや。朝飯食ったのか?」 普段と同じ先生の顔に戻ったので安心した。「あまりにも嬉しくて色々考えていたら。すいません……」「手の掛かる子だな相変わらず」「すい

  • 御神先生の秘蔵っ子   23話 花のワルツ(2)

    ──ダメだ。ドキドキしてきた。先生の顔を見たら。「お前、失礼だな。人の顔見てしかめっ面するなよ」 しかめっ面って……「ひどおおぉおい~~」「その顔だ。馬鹿」「馬鹿って言わないで下さいってえぇ」「楽しいことだけを考えて弾けばいいよ。後は俺に任せなさい」 先生が優しく微笑む。 何それ反則です。そんな優しい瞳で見られたら……「観客が嫉妬するぐらい甘えて良いぞ。今夜だけな?」「ええーー今夜だけって。ずるいですぅ」「先生?」 何となく今、先生が遠くを見ているような? 気のせいかしら? 何処かに消えちゃいそうな感じがして思わず声を掛けた。「いや何でもない」 ? 一瞬見せ

  • 御神先生の秘蔵っ子   21話 雨だれ

     新緑の息吹感じさせる匂いが、爽やかな風通り抜け香っていたのが、気づけばショパンと紫陽花のかほりに変わっていた。 曇天続く中、珍しく今日は青空に黄色い太陽が笑っていた。「桜井、バイオリン持った? 貴志、何時の飛行機って?」「大丈夫です~~17時半に空港到着予定とは言ってましたが……直接会場に行くって」「一応、天野先生にスタンバイはお願いしておくから。大丈夫きっと間に合うから!」「天野先生もピアノ科の子達の面倒で申し訳ないです……」 早いもので「夜宴」も今日でついに最終日を迎えていた。 みんな凄い演奏で驚いた! と言うのが正直な感想だ。 リハーサルなどで何度か他の人の演奏を耳に

更多章節
探索並免費閱讀 優質小說
GoodNovel APP 免費暢讀海量優秀小說,下載喜歡的書籍,隨時隨地閱讀。
在 APP 免費閱讀書籍
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status